Leica Q2 Monochrome | ライカQ2モノクロームが欲しい12の理由

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藤白

収差を愛でるオールドレンズ沼の案内人。約130本オールドレンズの作例紹介レビュー記事執筆。フォトグラファー、SEOライター、HP作成。ドレスデンとウェッツラーの歴史で泣ける人。過去エモい写真が撮りたくてクセ玉を集めていたが、最近はライカのモノクロ専用機と軽くて小さい戦前の真鍮製レンズが恋人。常識という名の非常識。日常という名の非日常。 お仕事依頼はこちら「oldlens.info@gmail.com」

Leica Q2 Monochrome | ライカQ2モノクロームが欲しい12の理由

Leica Q2 Monochrome | 私がライカQ2モノクロームが欲しい12の理由。まず一言で言うと「写真を撮ることに集中できる環境を与えてくれるカメラ」だと思ったから。そしてLeitzが好きだから。

Q2Mの購入を決めた12の理由を解説して、欲しい理由は他にもあるのでまとめる。絶対に買うと決めたから。

で、後に買ったので作例も随時アップする。先にYouTubeで作例アップしたのでよければどうぞ。

ライカQ2モノクロームが欲しい

Q2 Monochromeが欲しい。欲しくてたまらない。

中古カメラ屋に何度も実機を見に行って操作もしている。

 

初見の感想はデザインが不格好で持ちづらくコンパクトデジタルカメラ(コンデジ)とは呼べない位でかくて重かった。

Sony α7CⅡに軽いオールドレンズを装着した重量とほぼ一緒だった。重量はRicoh GRⅡの約3倍

 

モノクロのみでデザインも不格好。手にして数十秒で「ない」と判断した。

そして時が流れた。

 

中古カメラ屋で展示されていたQ2 Monochromeを再び目にして何の気なしに店内で試写したら「フィーリングがいい」と思った。

なぜだろう。理由はわからない。カメラに呼ばれた気がした。

 

では欲しい理由を箇条書きでまとめる。

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ライカQ2モノクロームが欲しい12の理由

  • 写真に集中できる環境が手に入るから
  • 最新のLeicaカメラを使い倒してみたい
  • レンズ沼から抜け出せる
  • モノクロ専用機なので構図に集中できる
  • モノクロ専用機なのでレタッチ沼からも抜け出せる
  • モノクロ専用機なので光を探す癖が強制的に見に付く
  • ライカを使わずしてライカは語れない
  • レンズが少し大きいのが気になるが1つは我慢しようと
  • カメラに呼ばれた気がした
  • 人間の心理的に所有欲が満たされる金額として丁度いい
  • 本当に100万円近い価値があるのか体験したい
  • 作品作りにライカを使いたいと思った

これが私の正直な気持ちでマジでこんな感じの理由。

ライカQ2モノクロームを買わなかった12のマイナス点と理由

  • 値段が高額
  • でかくて重い
  • 液晶モニターが固定式でチルトでもバリアングルでもない
  • グリップの形が滑る
  • 壊れやすい
  • レンズがでかすぎる
  • デザインが美しいとは言えない
  • 往年のLeitzの造形美がない
  • 私が好きなErnst Leitz家の製品ではない
  • ミーハーだと思われたくない
  • ライカしか知らないと思われたくない
  • ちょっと今更感がある、買うなら発売直後でしょ感が満載

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ライカQ2モノクロームが欲しい心理とオールドレンズとの別れ

また、心理学的に「ちょっと高いな、無理だな…」と思う金額のスレスレに価格設定しているライカのマーケティング戦略に敢えて引っかかってみようと思った。

本当にその金額を支払う価値があるのか体験してみたいと思った。

 

個人的にオールドレンズ沼にどっぷり浸かり、レンズ構成や歴史背景、試写して写りの特徴をレビューした本数が120本を超えたところで疲れた。

もういい、面倒。と思った。楽しくなくなってつらくなってきた。

レビューが生活の中心になり、本当はじっくり写真と向き合いたいのに「レビューしなきゃ」という状況がおかしいと思った。(おかしいのは自分)

 

一応念のため言っておくがオールドレンズは大好きだしやめないよ。まだ50本位残してるし。これ以上は減らさない。

 

私は基本的にソロ活でオールドレンズ遊びをしてきたが、飽きてテンションが上がらなくなってきたので方向性を変えて新しいことにチャレンジしてみようと思った。

その第一歩が、2024年秋のオールドレンズフェスへの作品展示だった。

 

ずっと書籍を読み漁ってきた著者 澤村徹さんとプロのオールドレンズフォトグラファー上野由日路さんに会って刺激を受けたし、ちょっとだけ写真を認めてもらえて嬉しかった。

レビューの為ではなく、もっと純粋に写真を楽しんで撮って、展示して人に見てもらいたいと思った。

Leitz Summicron 35mm f2-8枚玉 作例

ライカQ2モノクロームで作品作りがしたいと思った

ずっと自分の内に秘めて隠してきたつらい過去を写真や文章で表現したいと思った。

私は中学1年生、12歳の頃からノートに走り書きする癖がついて、実家と現在までノートは100冊位あると思う。

ブログの記事数も過去累計500記事位あるし文字数にして100万文字位書いてると思う。

 

で、どのカメラで撮りたい?

と己に問いかけると今の便利なSony α7CⅡではないと思った。

 

確かにRicoh GR2はAPS-Cセンサー搭載で超小型軽量でステルス性が高くスナップと展示には最も適した最強機種だと思うしコスパもよい。

が、やはり違う。

Ernst Leitz Ⅱ世

何が違うか。テンション。没入感。まずは何の機材で撮りたいのか自分に問うと、どう考えても消去法でライカだった。

なぜか?

 

私はLeitz誕生の書籍を読み漁ってきて心の底から好きだし当時の経営者Ernst Leitz 一世や二世を心からリスペクトしている。

ずっと私の心の中で生き続けるだろう。

 

しかし、1974年にスイスのウィルド社に買収されてErnst Leitz家は経営から退いた。

Wetzlar工場は閉鎖され、そこで働いていた職人6000人は解雇され、工場は人件費の安いポルトガルに移転した。

 

「Ernst Leitz Wetzlar」の刻印ができなくなりカメラ名だった「Leica」を社名に変更した。

カメラの作りを簡素化して再設計。経費削減を徹底した。

ライカ社不況の原因は、戦後日本のカメラメーカーが一眼レフカメラを安価に大量生産して爆発的に売れてライカやZeissのカメラは売れなくなり負けたのだ。

戦後ライカに追いつけ追い越せでコピーしまくった日本のメーカーがものの20年で神の存在だったライカを経営難に追いやってしまったのだ。

 

そう、ライツ社が経営難に陥った原因は、カメラ、レンズ後進国の我が日本が戦後復興で世界一になったことが原因だったのだ。

 

そして、Leica社はなんとか経営を維持する為に日本のミノルタと業務提携した。

後に、ミノルタの技術や商標はSonyが買い取った。

つまり、Sonyにはライカの血が流れているのだ。

Leicaライカの祖先 Ernst Leitzの歴史

Leicaは元々Ernst LeitzのCameraの略称LeitzのCameraでLeicaであり「ライカ」は社名ではなかった。簡単にLeitz(ライツ)社の歴史を解説する。

 

1849年初代社長Carl KellnerがWetzlarの修道院を改造して顕微鏡会社Optisches Institutを設立。カールケルナーの死後、未亡人となった妻が従業員Friedlich Berthleと結婚して社名に二人の名前を入れてOptisches Institut Kellner Und Berthleに変更。

この時、まだ見習いだったユンカースという従業員が前にスイスの工場で働いていた時の効率的な生産方法について社長のベルテレに説明していたところ、さらに詳しい機械工Ernst Leitz Ⅰ世を紹介して雇用されることとなった。これが1865年のこと。

 

1869年に社長ベルテレが死去。すでに共同経営者だったライツ1世が事業を引き継ぎ社長となり、社名をOptisches Institut Von Ernst Leitzに変更。後にErnst Leitz Optische Werkeに変更。この頃はまだ顕微鏡専門メーカーだったが、ドイツ最大手の顕微鏡メーカーだったCarl Zeissに匹敵する品質の顕微鏡を製造するまでに成長していた。

 

Ernst Leitz社がカメラ業界に初参入したのは1905年でカメラボディは後にZeissに吸収合併されるヒュッティヒに外注していた。Leitz社は1907年に双眼鏡分野にも参入した。

バルナック・ライカの生みの親Oskar Barnack(オスカー・バルナック)はCarl Zeissの子会社パルモスバオがICAに吸収合併されて職を失い1911年にLeitz社に転職入社。Leitzのカメラ用レンズを設計していたMax Berek(マックス・べレク)教授は翌1912年にライツに入社。

 

オスカーバルナックはパルモス在籍時にZeissのシャッターフィルム給送同調機構を搭載したパルモス6×9というカメラを元に、すでにバルナックライカの原型となるカメラを試作していた。パルモスがICAに吸収合併された時、ICA社長グイドメンゲルに直談判するも却下されたのでICAにもZeissにも就職せずライツに移籍した。

ライカの主要な歴史を大雑把にまとめると大体こんな感じ。では話しを戻す。

 

もう存在しないLeitzだが、現Leicaがカメラの製造をやめてしまうとLeitzの意志を引き継ぐカメラを製造する会社がなくなってしまうので、現行Leicaを購入して使うことで少しでも力になれるし、使いたいと思った。

Oskar_Barnack-500

まとめ

オールドレンズのレビューや沼は一旦落ち着いて写真を撮る時間を増やしてじっくり向き合っていきたいと思った。文章と写真で自分が生きた証を残していこうと思った。

 

年を重ねることを惜しんだり死を恐れるのではなく、前向きに年を重ねて前向きに死へ向かおうと思った。

その隣にライカがいて欲しいと思った。

 

なぜ?

エルンストライツ愛が止まらないから。

 

普通に真面目に語りました。ライツ大好きです。だから現行ライカを使います。沼は嫌です。

できるだけ不自由に自分を縛り付けてよりシンプルに写真と向き合えるカメラ、

 

それがQ2Monochromeだと判断した。

 

結局買うから沼継続中なんだけどね。写真沼の比率を増やしたい。

 

今回は以上。本日も素敵なオールドレンズライフ、カメラライフをお過ごしください。

オールドレンズジャパンの中の人、藤白でした。バイバイ。

 

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