ダブルガウスとは レンズ構成の歴史 オールドレンズ Dabble Gause Optics

ダブルガウスとは レンズ構成の歴史 オールドレンズ Dabble Gause Optics

ダブルガウスとは レンズ構成の歴史 オールドレンズ Dabble Gause Optics

ダブルガウスとは レンズ構成の歴史 オールドレンズ Dabble Gause Optics。ガウスの始まりは今から200年以上前に誕生していた。その歴史を紐解いていく。

3種類のガウス

ガウスの歴史を簡略化すると以下の通り。

  • 1817年C.F.Gauss博士が望遠鏡レンズのガウスを発明
  • 1896年Carl ZeissのPaul Rudolph博士が対象型Plnarを発明
  • 1920年Taylor & HobsonのHorace William Ree博士が対象型を崩したOpicを発明

そしてダブルガウスの設計の自由度や新しい硝材、コーティング技術の進歩により、様々なダブルガウス型レンズが誕生してレンズ構成のほとんどがダブルガウス型になっていく。

最初のガウスはガウス博士が発明

ドイツの数学者Carl Friedrich Gauss(1777~1855年)博士が、1817年にメニスカス型のエレメント凸と凹を組み合わせた望遠鏡の新レンズを発明した。

最初のガウス型レンズ構成

Carl Friedrich Gauss

Carl Friedrich Gauss

ガウスの可能性を信じて研究

マサチューセッツ州ケンブリッジ(Cambridge)のアルバン・クラークス(Alvan Clarks)社が1877年プリンストン(Princeton)の為に9 1/2インチのレンズを制作したが結果は微妙だった。創設者の息子アルバン・Gクラークが、結果は出なかったが可能性はあるに違いないと考え、1888年に2枚を背中合わせにしたガウスレンズを鏡胴に収めて写真用レンズにして特許を取得している。

特許にはいくつかの曲率半径が記載されているだけでエレメントの厚さ、間隔、ガラスの種類等は記述されていない。よって、彼のアイディアが成功するか不明。ただ、アメリカのボシュロム社が彼の特許を元に研究していた。1890年から1898年までのカタログに広角用のアルバン・Gクラーク型レンズ、f8、f12、f35が掲載されている。

1933年にCarl ZeissのRobert Richterが設計したTopogonは極端な対象型ダブルガウス型。開放f値は6.3で画角は90度までカバーした。アメリカのボシュロム社のメトロゴンはトポゴンのコピー。

Carl Zeissトポゴン型レンズ構成

最初のダブルガウスはCarl ZeissのPlanar

1896年、Zeissのパウル・ルドルフ(Paul Rudolph)は自身が設計したf4.5アナスチグマット(Anastigmat)に満足できずダブルガウス型に着目した。ダブルガウスは3つの収差の補正が不要だが、周辺球面収差と中間画角でサジタル面の像とタンジェルシャル面の非点間隔の相当量が存在した。f8でも2つの収差は目立っていたのでf4.5ではさらに目立つのは明らかだった。

ルドルフは凹のエレメントを厚くして凸と凹のエレメントの空気間隔をできるだけ少なくしたところ、両方の収差が同時に改善した。しかし、レンズ全体の色消しを考えると、この補正を実現するレベルの性能を持つフリントがまだ市場に存在しなかった。

そこで、凹のエレメントの中に屈折率は等しいが分散能が全く異なるガラスを2枚貼り合わせた屈折率1.57の2種類のバリッドサーフェイス(Buried Surface)ガラスを使用し、f4.5の優れたPlanarを発明した(1896年)。このプラナーはZeissで長年製造された。しかし、Planarは徐々に忘れ去られていった。

Zeissルドルフ初代planarレンズ構成

現在のダブルガウスの先祖はTaylor & Hobson社のOpic

時は経ち1920年、ダブルガウスは再び脚光を浴びる。テーラーホブソン(Taylor & Hobson)社のHorace William Ree(映画業界でカラー再現を可能にした人物)が一般カメラ用にf2の明るさを実現したOpic(Series O)を発明した。対称性を崩し、フリントの代わりにより屈折率が高いクラウンを使用した。後にこのスチル用に設計されたOpicを改良して、ハリウッドを座巻した伝説のシネレンズ、スピードパンクロを設計する。

ree-opic-optics

しかし、1923年に発表されたErnemanのErnostar f2の方が市場の評価は高かった。これは、エルノスターがフォーカルプレーンシャッターを採用したカメラで優れたピント合わせが可能で、かつカメラとレンズが一体型だった為と思われる。

ernostar-f2-初代エルノスターレンズ構成

ドイツの名門シュナイダーやCarl Zeiss、Leitzもダブルガウスで追従

そして、1925年、シュナイダークロイツナッハ(Schneider-Kreuznach)社のA.W.トロニエ(Albrecht Wilhelm Tronnier)がXenon 50mm f2を開発。

1927年、Carl Zeiss社のメルテ(Willi Walter Merte)がBiotar 58mm f2を発明。

Schneider-Kreuznach-xenon50mmf2optics

伝説のシネレンズスピードパンクロもダブルガウス

1931年、好評だったOpicを改良してSpeed Panchroを発明。標準シネレンズとしてハリウッドで長年愛用された。

sppedpanchro-optics

1933年、Ernst LeitzのMax Berekがカメラ用にSummar 50mm f2を設計。Walter Mandlerは基本的なダブルガウスの設計について言及している。

leitz-summar50mmf2-optics

進化するダブルガウス発展型

1930年代前半から基本型Planarの進化型が各社から多数発表された。その多くは前群の凹を分離して別々にベンディングを行った。より明るいレンズは後群の等凸エレメントを分離して別々にベンディングした。時には外側の凸エレメントを1つか両方とも貼り合わせダブレットに置き換えたりもした。

Leitz DR Summicron 50mm f2

leitz-drummicron50mmf2optics

まとめ

誕生した時から完成されていたSonnarの陰に隠れて収差を抑えられなかったガウスは当時の評価は低かったが、昨今ではミラーレスカメラの普及により未完成ガウスの収差が再評価されている。

ダブルガウスは設計の自由度が非常に高く、様々なダブルガウス発展型が生まれてきた。筆者が一番好きなレンズ構成は古典的な6枚ガウスだ。このレンズ過渡期の6枚ガウスの残存収差が愛おしくて今日も写真を撮る。

今回は以上。本日も素敵なオールドレンズライフをお過ごしください。

 

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